福岡地方裁判所 昭和33年(モ)1057号 判決 1958年9月04日
福岡市大字住吉一六〇三番地
申立人(債務者)
株式会社喜多村石油店
右代表取締役
喜多村民人
右訴訟代理人弁護士
江口繁
被申立人(債権者)
国
右代表者法務大臣
愛知揆一
右指定代理人法務事務官
木村正美
大蔵事務官
橋本英敏
右当事者間の昭和三三年(モ)第一〇五七号特別事情による仮処分取消申立事件に付当裁判所は次の如く判決する。
主文
当裁判所昭和三十三年(ヨ)第二六六号不動産仮処分申請事件に付昭和三十三年七月十六日当裁判所のなしたる仮処分決定は申立人に於て金五十二万八千円の保証を立つることを条件としてこれを取消す。
申立費用は被申立人の負担とする。
此の判決は仮に執行することができる。
事実
申立人債務者代理人は主文第一項掲記の仮処分決定は申立人に於て保証を立つることを条件にこれを取消す旨の判決を求め、其の理由として、
一、申立人は被申立人の申請により昭和三十三年七月十六日主文第一項掲記の仮処分申請事件につき「被申請人(本件申立人)は其の所有に係る別紙目録記載の不動産(以下本件建物と称する。)に対し譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない旨の仮処分決定を受けた。
二、本件建物は元唐津タイヤ再生工業株式会社(以下唐津タイヤと略称する)の所有であつたが、申立人は右会社に対して昭和三十二年一月十九日現在金二百四十万九千二百十四円の手形債権を有していたので、同年二月一日右内金九十二万八千円の代物弁済として、右建物を右会社から譲受け同日その登記手続を経た。
三、ところが、被申立人は、唐津タイヤは昭和三十二年二月一日現在昭和三十一年度法人税等の国税合計六十八万六千四百九十四円を滞納し、その滞納処分による差押を免れる目的を以て故意にその全資産である本件建物を申立人に譲渡したものであると主張し、右租税債権保全のため前記の如く本件仮処分に及んだものである。
四、故に、被申立人主張の保全債権は、金銭的補償を得るによつて其の終局の目的を達し得べきものであることは明かであるというべきところ、唐津タイヤは本件建物並に敷地等につき昭和二十六年十二月十一日株式会社佐賀銀行に対し極度額五十万円とする根抵当権の設定登記をなし、昭和三十二年三月二十六日現在で四十万円の債務を負担していたので、申立人は唐津タイヤに代り、その同意を得て株式会社佐賀銀行に対し右債務を代位弁済した。故に、仮に本案に於て被申立人の主張が認容され、本件建物が唐津タイヤの所有に復帰するとしても、株式会社佐賀銀行が右建物につき抵当権を設定した日は、被申立人の主張する租税債権の納期限より一年以上前なる昭和二十六年十二月十一日であるから、申立人は被申立人に優先して右建物に対して株式会社佐賀銀行に代位し同会社の有する金四十万円の債権の取立のため抵当権の実行をなし得る筈である。而して本件物件の価額は、唐津市長の固定資産税評価額によれば六十万四千五百円であるから、被申立人が後日滞納処分をなすとしても、本件建物の公売代金より弁済を受け得られる額は右評価額より申立人が優先して配当を受け得べき前記四十万円を控除した残額二十万四千五百円であると謂うべきである。
よつて、右金額を基準に保証を立つることを条件として本件仮処分を取消す旨の判決を求める。
と陳述し、疏明として甲第一号証の一、二、同第二乃至七号証を提出し、証人松隈福二、同山本郁夫の各証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。
被申立人(債権者)は、本件申立はこれを却下するとの判決を求め、答弁として、申立人主張の一乃至三の事実は認める。同四の事実は、唐津タイヤが本件建物につき昭和二十六年十二月十一日株式会社佐賀銀行に対して申立人主張の如き根抵当権の設定登記をなし債務を負担していた事実は認められるが其の余は争う。
一、申立人が本件仮処分の取消を求める事由として主張するところは、要するに本件処分禁止の仮処分を受けることにより、本件物件を売却等の処分による利益が得られないというに過ぎず、他に家屋の老朽化、地価、家屋の値下り或は建物所在地等の客観的な事実については、何等特別の事情の主張がないから申立人の本件仮処分取消申立は許されない。
二、仮に右理由なしとするも、申立人主張の四十万円の代位弁済には附記登記がないのみならず、申立人は本件物件を代物弁済として譲受けてその所有者となつたと主張するのであるからその後代位弁済により株式会社佐賀銀行の有した抵当権を取得したとするも右は混同により消滅する筈である。故に申立人主張の四十万円の債権が被申立人の有する租税債権に優先する謂われがない。なお本件物件の評価額六十万四千五百円は妥当な額ではなく、右は金九十二万八千円と認めるのが相当である。
と述べ、疏明として、乙第一乃至六号証、第七号証の一、二を提出し甲第一号証の一、二同第三号証の各成立は不知、爾余の甲号証の各成立はこれを認めると述べた。
理由
申立人主張の一乃至三の事実については当事者間に争がない。然らば、被申立人の本件保全債権は金銭的補償を得ることによつて其の終局の目的を達し得べきものであることは明かであり、これを以つて仮処分の取消を求むる事由たる「特別の事情」としては十分であると解する。そこで進んで保証の額につき検討する。
成立に争なき甲第三号証によれば、唐津タイヤが株式会社佐賀銀行に対し、昭和二十六年十二月十一日本件建物並に藤田松太所有の宅地を共同担保としてこれにつき根抵当権を設定登記の上、昭和二十八年六月二十三日借用した金四十万円の債務につき申立人に於て昭和三十二年三月二十六日株式会社佐賀銀行、唐津タイヤの同意を得てこれを代位弁済する旨の合意をなし、同年三月より同三十三年二月二十七日迄の間に十回位に亘り弁済をなして支払を完了したことが認められ、成立に争なき乙第一号証によれば、唐津タイヤは昭和三十一年度の法人税として法定納期限昭和二十九年五月三十一日の本税九万七千七百三十円、法定納期限昭和三十年五月三十一日の本税十一万七千円、法定納期限昭和三十一年五月三十一日の本税三十一万五千五百二十円以上昭和三十二年二月一日現在に於ける右本税加算税、利子税共合計金六十八万六千四百九十円を滞納している事実が疏明せられる。
以上当事者間争なき事実並に認定事実によれば申立人は、仮に本案に於て被申立人の主張が認容され、唐津タイヤの申立人に対する本件建物の代物弁済としての譲渡が取消され、右建物が唐津タイヤの所有に復帰するとしても、前記代位弁済により金四十万円の債権について株式会社佐賀銀行に代位して右物件に対して抵当権の実行をなし得る筋合である。
そこで本件建物につき滞納処分が行われたる場合の株式会社佐賀銀行と被申立人の各債権の関係を考えて見るに、国税及其の滞納処分費は総ての他の債権に先立ちて之を徴収するのが原則であるが国税徴収法第三条は、納税人の財産上の抵当権を有する者が、其の抵当権の設定が国税の納期より一カ年前に在ることを公正証書を以て証明したるときは、該物件の価額を限とし、其の債権に対して国税を先取しないものとする旨規定している。同条の趣旨は右抵当権が根抵当である場合に於てもその設定の時が国税の納期限より一カ年前にある限り、これによつて担保せられる債権発生の時期如何を問わず、国税を先取しない法意であると解するのが相当である。而して、第三者が債権者の同意を得て代位弁済をなしたるときは債権者の有する債権に関する権利は代位弁済者に法律上移転するのであつて、若し右債権者の有する債権が国税に優先するものであれば、代位者が行使する場合においても、当然優先権を主張し得べく、弁済の時期が国税の納期限の一年前にあることは必要でない。又第三取得者以外のものに対しては弁済前に予め代位の附記登記をして置かなくても代位行使をなし得ると解する。
右の見地より本件の場合を検討するに、被申立人が本件建物につき滞納処分をなすときは、申立人に於て四十万円の求償権につき、被申立人の租税債権に優先して株式会社佐賀銀行の有した債権を行使することができると認むべきである。ところで、本件建物が幾何の代金で公売されるかは予め断定できないところであるが、唐津市長の認定に係る固定資産税評価額が六十万四千五百円であることは当事者間に争なく、申立人が本件建物を代物弁済として譲受けるにあたり之を評価した額である九十二万八千円は被申立人に於ても相当な価額であると主張するところであるから右の事実によれば、本件建物の評価額は金九十二万八千円と推認するのが相当であろう。
然らば、これより四十万円を控除した残額である五十二万八千円が被申立人に於て配当を受くべきことを期待し得る額である。
よつて、申立人に於て被申立人に対し右金額の保証を立つることを条件に本件仮処分の取消を相当と認め申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 大江健次郎)